そもそも「私的」複製が認められた経緯とは

権利としての確立への反論を行ったので、ここから先は「私的複製が何故認められているのか?」を考えましょう。「現行法となった立法論で(過去に)何が考えられたのか」と言う辺りです。

前回の日記は「現行法を解釈して、自炊代行の法的妥当性」なので、違う話題になります。

そもそも私的複製はどういう経緯で認められたものなのでしょうか?

元々は、「個人」が「個人的に、もしくは家庭内(に準ずる範囲)」で公開するために行われる複製行為(複製権の侵害)は

  1. 事実上の問題として家庭内の行為を禁止するのは難しい
  2. 【零細な行為】であるため、著作権者等の財産権を【不当に】害するとはいえない

と言う条件があったために、認められた物です。

現実問題として、著作物の複製を行うというのは、それなりの施設が必要でした。

出版物では、製版・印刷など。レコード、CDではプレス機。などなど。

もともとの copyright が「出版業者間の利害調整」から出てきたのも、そういう背景があってのことです。

そのため、著作物を正当な形で入手した利用者が、家庭内で行うような「零細な複製行為」は、著作権者の「財産権」を【不当に】害するとはいえない、として権利制限としたのです。

この項目は時代と共に何度も見直されており、大昔には「ビデオデッキが普及した頃」に「TVの録画は私的複製ではない」と言う裁判が起こされたりもしています。
審議会でも、ビデオデッキによる放送の録画、コンピュータソフトウエア、データベースなどについての審議記録などが残っています。

http://www.cric.or.jp/houkoku/houkoku.html

今回の話とは直接関係無いですが、過去から今に至る転換点の一つの事例としては、CDが普及して後の「デジタル録音」における「複製」の扱いでしょうか。

それまでは「アナログ」での複製であったために、「複製物」は必ず劣化していました。これは私的複製を認めていた理由の一つでもありました。

しかし、CD以後デジタルコピーが可能となったことにより、【複製物が劣化しなくなり】ました。このため、「零細な複製行為」であったとしても、著作権者の「財産権」を【不当に】侵害している(複製物が著作物と同じ価値を持つ)と判断されました。

そのため、「私的録音録画保証金制度」が1992年の著作権法改正で取り込まれました。

このように、「私的複製」と言うのは、あくまでも

  • 「零細な複製行為」である事
  • 【不当に】著作者の財産権を侵害しているとは言えない行為である事

が条件となるのです。

自炊代行業者と言う問題

自炊代行と言うのは「新しい業種」のように見えますが、実体はすでに過去から審議されてきたものと変わりません。

著作物の複製を生業とする業者です。

これについては前にも取り上げましたが

第2に「使用する者が複製することができる。」と規定し、複製主体を限定している。例えば、親の言い付けに従ってその子供が複製する場合のように、その複製行為が実質的には本人の手足としてなされるときは、当該使用する者(親)の複製として評価することができるとしても、例えばコピー業者のような複製を業とする者に依頼する複製は、この要件に該当しないものと解される。ただし、著作物に該当しないもの並びに著作物には該当するが著作権者の許諾を得ているもの及び著作権の消滅しているものの複製については違法となるものでないことは、いうまでもない。

http://www.cric.or.jp/houkoku/s51_9/s51_9.html

にあるように、過去から審議されてきた問題です。

【例えばコピー業者のような複製を業とする者に依頼する複製は、この要件に該当しないものと解される】

とあり、そもそも社内業務における複製ですら私的複製と認められないなどの判例もあることから、この判断は今まで変わっているとはいえません。

何故でしょうか?

これが、先に取り上げた私的複製を認める条件の2つ

  • 「零細な複製行為」である事
  • 【不当に】著作者の財産権を侵害しているとは言えない行為である事

これらに当てはまらないからです。

一つ目。個々の事例では確かに「個人の要請に応じての複製」であるため、「零細」と言えるかもしれません。しかし、「事業主」が行っている行為を見れば、到底「零細」とは言えない量の複製になります。
自炊代行業者もそれが曲がりなりにも「生業」として成り立つなど、明らかに「零細」とは言えない複製の実態がそこにあります。

「零細」とは言えない以上、それは「著作者の財産権(複製権。権利の問題であって、金銭の授受の問題ではない)」が侵害されていると言えるのです。

「個人の自炊の手間を省いていることが問題なのか!」と言うコメントがそこかしこに見られますが、「明らかに問題」なのです。

あくまでも「複製を個人が行うにはそれ相応に大変な行為」であり、「零細にしか行うことが出来ない」ために、【私的複製】として権利制限が認められているのです。

ここの判断は過去から今まで変わっていません。

『立法論として論じる』としても、自炊代行を認める場合には、CDなどの音楽著作物の複製代行、DVDなどの映像の著作物の複製代行などをどうするかと言う問題も同時に発生します。(コピーコントロール関係から不許可と出来ますが、それは業者による複製代行を認めた上で生じる制限のかけかたの問題で、認めるかどうかとは別問題です)。

電子書籍を出せばいい。その代替だ」と言いますが

  1. 電子書籍として売れば、著作権者の利益になる
  2. それを自炊代行業者が代替している

となると、それこそ「著作権者の経済的利益を不当に損失」させていることになり、認められるものではありません。或いはこれは出版権の侵害と言えるかもしれないものです。
出版社が自炊代行をやれよと言う提案もありましたが、これは立法論ではないので割愛。

結局、私的複製とは「使用する個人が苦労して複製する零細な行為」だからこそ「円滑な使用を優先してお目こぼしすべきだ」と言う話なのです。
これが『個人が複製する権利』を認めたわけではなく『著作権者に対して特定のルール下での複製は、法的には侵害とは判断しない』と言う制限になる理由です。

立法趣旨がそこにあるために、「自炊代行を認めるよう法改正すべきだ」と言う論には賛成できない。
利用者の利便性の問題よりも、著作者の損失の問題の方が大きいためです。
権利は抑制的であるべきですが、「法で認める権利侵害もまた抑制的であるべき」です。