納得しないでしょうから補足を

はぐらかす気ではなく、?Bに書いた情報では、それ以上のことは書けなかったと言うべきですが(^^;;

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110215-OYT1T00622.htm

 超党派の「死刑廃止を推進する議員連盟」(会長・亀井静香国民新党代表)がまとめた、裁判所法、裁判員法、刑法などの改正案の骨子が15日、明らかになった。

 死刑判決は裁判官らの全員一致を条件としたことが柱だ。議連は16日の総会で骨子を公表し、議員立法で今国会に提出する方針だ。
 骨子は、第1審の裁判員裁判では裁判官3人と裁判員6人の全員が一致した場合のみ、死刑判決を下せると規定。控訴審と上告審でも、裁判官の全員一致が必要とした。
 裁判員制度では、多数決(裁判官1人以上の同意が条件)により、死刑が評決できるが、昨年秋から死刑判決が相次ぎ、裁判員への精神的な負担が重すぎるとの指摘が出ていた。骨子は、全員一致に限定することで、裁判員の精神的負担を軽減する狙いもある。
(2011年2月15日14時41分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110215-OYT1T00622.htm

vid この改正だと死刑判決は全くでなくなるでしょうね。死刑反対派、或いは「人殺しになりたくない」などの感情だけの人が意見に耳を傾けずに反対すれば、絶対に死刑にならないのですから。 2011/02/15

http://b.hatena.ne.jp/vid/20110215#bookmark-30391613

b:id:n2s さん

n2s 死刑 うーん、全員一致にも反対意見があるのか / 2/3でもなく過半数がふさわしいということですか?>vid 2011/02/16

http://b.hatena.ne.jp/n2s/20110216#bookmark-30391613

n2s さん。最適解は永遠に議論べきでしょう。2/3か過半数か、或いは全員一致かは時代で違うでしょうから。私はただ「全員一致」だと「死刑は事実上廃止になるだろう」と言う想定を述べてるだけなのです。 2011/02/16

http://b.hatena.ne.jp/vid/20110216#bookmark-30513305

?Bに書いたのは、まさに書いた以上のことは述べていません。
端的に、スペースが無くて書けなかったというのもありますが。
AND 条件で全部が 1 にならない限り 0 である、と言うやり方の場合、「説得を無視する」と言う人間的条件でもって 1 の選択が絶対に選ばれなくなる可能性と言うのは普通に存在します。
現在でも死刑を選択しない人がいるように、これを選ぶと死刑が事実上の廃止になるというのは、論を立てるまでも無く自明でしょう。
私が書いたのはこの自明の話であって、それ以上では全く無く、「私自身の意見」と言うのは極めて希薄です。
 
逆にこのような自明をわざわざ書くということで、私が「死刑廃止反対である」と言うのは透けて見えるかもしれませんが、あるのはそこまでです。

整理

その上で、このニュースについて整理しなおします。

 
そもそもこの「全員一致のみ死刑」と言うのが「死刑廃止」を前提としたところから出てきたと言うものらしく、何らかの形で「死刑反対論者(感情論者含む)」が入ってしまえば、「議論をすっ飛ばして反対」する事で、確実に「死刑が事実上選べなくなる」と言うシステムである事は、論を立てるまでも無く自明なのは先に述べたとおり。
裁判員の負担が」と、さも当然のように述べてますが、その根底にあるのは「死刑廃止」でしかありません。ですから、事実上の廃止となる案を出してきたとも取れます。
 
しかしここに問題があり、死刑廃止が『日本社会の潮流である』と言うアンケート結果は、未だに見たことがありません。
よって、このような改案は日本の社会として採用すべきか?と言う部分からして、私は「よろしくない」と考えます。

質問された内容に

ここからは『ニュースとは切り離して』考えます。
上に述べたように、私は死刑賛成派です。確かに究極の刑であり、事実「無罪の人物を死刑にする」と言うのも過去に何度か起きていますが、それでも私は死刑は存続すべきと考えます。
それは「日本社会として受け入れるのが無理である」かつ「重大な罪を犯した」人物は「存在するにふさわしくない」と考えるからです。
 
よって、事実上の死刑廃止となるこの案に『反対』(明示的な「反対」と言うのは、今この場で出したのが始めてです)として論じるのは、別におかしなことではありません。

 

その上で、ではどのくらいなら良いのか?ですが。
今の制度では、
1.過半数
2.裁判官が1人以上、過半数に入っている
と言う条件で、初めて刑が確定します。
このような条件ですから、「裁判員6人が死刑を選択」「裁判官3人が無期懲役を選択」の場合は『死刑になりません』。現状が単純な過半数でも 2/3 でも無い。
そして、最後は裁判官の意見で最大量刑が決まることから、判断基準でとして問題か?と考えても、さほど問題とは考えられません。
 
したがって、私は現状から変更する必要がそもそも「無い」と考えます。
精神的負担が大きい「から」変更するとして「(事実上の)死刑廃止」と言うのは、筋が通っていないと考えています。

全員一致

状況は違いますが、例えばアメリカの陪審員制度では、確か全員一致が原則となっています。
しかし日本と違う部分があり、「有罪」か「有罪ではない」かしか決めない(量刑は陪審内容ではない)と言うものがあります。(ここでは刑事裁判のみを取り上げています)
したがって、量刑内容まで決める日本の場合とはかなりの違いがあります。

結局ここに戻る

裁判員の負担を考えて「死刑の場合だけ」全員一致とした場合。
「個人が主観的負担を感じた」場合に、「社会として客観的刑罰としての死刑」が絶対的に選ばれなくなるのは上に述べたとおりです。
では「社会として客観的刑罰としての死刑」の「存続の可否」はどこで議論されたのでしょうか?
結局、ここが全く議論されていないままに、なし崩し的に(事実上であれ)「死刑廃止」と言うのは、社会正義として正しいやり方でしょうか?
私の個人的心情(死刑賛成)とは別に、私はこの手続き自体が「正しくない」と考えます。
よって、自明であっても「制度的欠陥」として、客観的に十分起こりうる問題として、指摘したまでです。議論が尽くされていない部分であると。
その上で、「ではどういう状況が社会的に正しいと考えられるのか」については「現状が一番正しくなっていると考える」と答えるまでです。
 
負担軽減はカウンセリングなどの方向で答えるべき問題だと考えます。死刑が出にくくなるような形で法をゆがませて対応すべきではないと。
また、死刑が究極の刑である事は、裁判と警察がきちんと「物証主義」に基づく裁判にし、その上でお互いに人間が入れ替わるという卑劣極まりない輩を産む制度を止めることで対処すべき問題だと考えます。
 
以上が、このニュースと、n2s さんの反応への、私の返答です。